作:クワトロ・バジーナ大尉(ぴーすv

 

alex

もうここにいても意味ないから抜けるわ。

じゃあな。

 

alex

クランを脱退しました。

 

* * *

 

また一人減ったクランメンバーを見て、ゲイリーは肩をすくめた。

今月で3人目だ。みんなどうしたっていうのだろう。

 

14歳のゲイリーは、クラン「カリフォルニア砂漠」でリーダーをしていた。

対戦では常勝、youtuberも在籍していて、メンバーは常に満員状態。半年前には、そんな誰もが憧れる人気クランだった。

それがいまや、たったの13人。しかもみんな、最近全然プレイしていない。

 

自分が悪いんだろうか。ゲイリーは何度も自問した。

これまでメンバーの意見には常に耳を傾けながらクラン運営をしてきた。

理不尽なキックや降格をしたことも、メンバーの怠慢を見逃したこともない。

 

ゲイリー

また一人いなくなっちゃったね。

 

ゲイリー

でも大丈夫、これからいくらでもやり直せるさ。

 

ゲイリー

ほらみんな、もし見ていたら何か書き込んでよ。

 

努めて明るく振舞っても、チャットに赤いマークは点灯しない。

みんな黙ったままで、たまに光るのは新着ニュースの告知だけだ。

 

<銀河の向こうには何がある?>

 

画面には宇宙船に乗ったホグライダーとバーバリアンが、丸窓から星々を眺める楽しそうな絵が広がる。

その絵に励まされて、ゲイリーは少しだけ元気を取り戻した。

 

「ゲイリー、帰ったわよ」

玄関先から響いた声に、ゲイリーは顔を上げた。

 

「あ……母さん、おかえり」

ゲイリーが部屋から顔を出すと、煤で顔を真っ黒にした母親がビニール袋を片手に項垂れている。

 

「今日はベーコンが手に入ったわ」

ため息を吐きながら、無気力に母親は言った。

またベーコンだけか、とゲイリーは言わなかった。

ベーコンが食べられるだけで幸せなのだ。

 

ゲイリーは中学生だった。そう、中学生だった。

しかし最後に学校に行ったのは半年も昔のことだ。

 

中学生だったゲイリーは、ある日突然両親から学校に行くことを止められた。

両親は、外の空気は体に悪いから、と言った。

 

遠い国が起こした戦争のせいで、昼でも空が暗くなったのはゲイリーも知っていた。

それに昼も夜も強い風が吹いて、砂嵐や灰がそこら中に舞っていた。

ゲイリーは勉強が嫌いではなかったが、学校に行きたいとは思っていなかったので、両親の言うとおりに一日中家の中で過ごすことにした。

 

家の中には父の集めていた本がたくさんあって、ゲイリーは起きている時間、それを読んだ。

飽きるとクラクラをして、それからまた本に目を落とした。

 

父親ははじめ、ゲイリーがスマホを触ることを良く思わなかったが、クラクラに夢中になっている様子を見て渋々それを許した。

地元の工場で働いていた父親は、ある日を境に家に戻らなくなった。

 

きっと仕事が忙しいのだろうと、ゲイリーは思った。

母親はゲイリーを家に置いて、毎日外に出ては、どこからか食べ物を持ってくる。

空が暗くなってから、食べ物を手に入れるのは難しいらしい。

 

ゲイリーは自分も外に出て食べ物を探したいと思ったが、母親はそれを許さなかった。

だからゲイリーは朝起きては本を読み、暗くなったらまた眠る毎日を送っていた。

 

それは退屈である反面、クラクラに集中できる時間が増えることでもあった。

半年前にタウンホールレベル9の中盤だったゲイリーの村は、いつの間にかレベル11になり、あとはヒーローのカンストを待つのみとなった。

 

クランの人数は日に日に減っていき、チャットにはゲイリーの独り言と、メンバーのクラン脱退を知らせる赤文字が、サンドイッチのように代わる代わる表示される。

それでもゲイリーは、いつの日かメンバーが戻ってきて、前のような活気あるクランになることを信じて、チャットに書き込み続けた。

 

ゲイリー

次のアップデートは「銀河の向こうにはなにがある?」だって!

何だろう、ひょっとして、宇宙編が実装されるのかな!?

 

* * *

 

ある日、ゲイリーは目を覚ますと、リビングに父の声を聴いた。

「父さん、帰ってきたんだ」

 

そう思って部屋を飛び出そうとしたが、どうも様子がおかしい。

父の怒鳴り声に混じって、母の泣き声が聞こえる。

 

「そんなこと言ったって仕方ないだろ! うちには他の家みたいな金はないんだ!」

「でも、それじゃ私たちこれからどうやって生きていけばいいのよ」

「そんなこと知るか! もうみんなここにはいないんだ。俺たちだけ何とかするしかないだろ!」

 

どうやら二人は喧嘩をしているらしかった。

両親が喧嘩をすることは何度かあったし、父も仕事で疲れていて、母も毎日の食料を調達するので精一杯なのだろう。

 

「でもそれじゃ、ゲイリーが可哀そうじゃない!」

「何を今更! お前だって賛成して今までゲイリーを家から出さなかったんじゃないか!」

喧嘩はどんどんエスカレートしていく。

 

ゲイリーは聞いてはいけないことを聞いているような気がして、静かに部屋の扉から離れた。

完全にタイミングを逃したゲイリーは、窓際のカーテンを開け、昼間なのに薄暗い外の景色を見る。

 

街は日に日に暗くなっているようで、いつもは向こうに見えていた緑の山々も、いまは得体の知れない黒い塊になっていた。

外は風が強いらしく、電線は大きく揺れ、そこら中を煤だか灰だかよく分からないものが舞っている。

 

そのときゲイリーは、街の景色にかすかな違和感を覚えた。

大通りには誰一人歩いておらず、いつも行き交っているはずの車は一台も通っていない。

薄暗い中なのに電気を点けている家は一軒もなく、近所の家は真っ暗になっている。

 

ゲイリーは少しだけ不安になり、慌ててベッドの上のスマホを掴んだ。

素早く画面上で指を滑らせ、クラクラを起動する。

 

いつもの起動音に、ロード画面。

最近なぜかインターネットに繋がらないことが多かったので、ロードが終わり、村が表示されると、ゲイリーは安堵の息を漏らした。

 

相変わらずクランチャットは静かなままで、誰からの反応もない。

昨日の夜に書き込んだゲイリーの独り言が、そのまま表示されている。

目についたのは、右下の新着ニュースの赤い通知。

 

アップデートの告知だろうか。ゲイリーはそんな風に思った。

最近接続が不安定だったから、その改善がされるのかもしれない。

親指でボタンに軽く触れると、それは果たしてアップデートの知らせだった。

緑色の「詳しくはこちら」のボタンは、いつもと変わらない。

 

変わっているのは、家の中の様子だ。リビングからは、母の鳴き声が聞こえる。

「ゲイリーに何て言ったらいいの!?」

 

半ば狂ったような母の声。激昂する父の声。

漠然とした気まずさと焦りと、どこからか湧き出る罪悪感。

それから必死に逃げ出そうと、ゲイリーはすがるような思いで「詳しくはこちら」の緑色のボタンを押した。

 

* * *

 

20XXX月のアップデート 

銀河の向こうにはなにがある?

 

こんにちは、チーフ!

 

いつもクラッシュ・オブ・クランをプレイいただきありがとうございます。

このたび、運営会社はすべての機能を月面本社へ移管し、地球上でのすべてのサービスを終了することとなりました。

 

先の世界大戦での環境汚染と、インターネットを中心とした社会インフラの崩壊により、地球上での持続的なサービス提供は極めて難しいものとなっています。

今後は、世界規模での宇宙移民に対応し、月および周辺の惑星でのサービス展開をしてまいります。

 

クラッシュ・オブ・クランは宇宙空間に適応した形で進化を続けてまいりますので、宇宙移民の皆様には、引き続きプレイいただくことが可能です。

 

また、地球での生活を余儀なくされている皆様におかれましては、たいへん心苦しくはございますが、残り三日ほどの間でゲームがプレイ不可となり、ゲームデータも順次削除させていただきます。

これまでクラッシュ・オブ・クランをプレイいただきありがとうございました。

 

それでは、また会う日まで。

 

さようなら、チーフ。