作:クワトロ・バジーナ大尉



「あなたのことは、それほど」

 

そのときの彼の顔っていったらないわ。

太い眉を八の字に曲げて、今にも泣きだしそうな真っ赤な顔をしていた。

 

でもそれは彼にしてみたら当然なのかもしれないわね。

彼はキング、あたしはクイーン。

世間はいつでもあたしたちを二人で一つにしたがるし、彼は彼でそれに飲まれていただけなのだから。

 

突然突き放された彼は、みんなにもて囃され、声援を背に受けて登っていた梯子を途中で外されたような、そんな気分だったのでしょうね。

 

もうこれ以上話すことはないわと背を向けたあたしに愕然として、彼はぽつりと、兵舎の影に消えていった。

 

* * *

 

wnthbsbpui


「クイーン様、クイーン様。ご存知ですか?」

 

戦もない平和な日の午後、取り巻きの小さな赤毛が上目遣いに話しかけてきた。

「どうした?」

あたしが目をやると、彼女は少し目を伏せてはにかんだ。

 

「バーバリアンのキング様が、川岸の藪でお花を摘んでいたそうですよ」

 

恥ずかしそうに頬を赤らめ、彼女は続ける。

「きっと摘んだお花をクイーン様にプレゼントされるおつもりなのでしょうね」

 

彼女の小さな声に耳を立て、周囲のほかの赤毛も「あらまあ」「キング様も可愛いところあるのね」などと囃し立てる。

無邪気な期待と好奇心で淀む空気を肌で感じながらも、あたしはそれに気づかないふりをして遠くのほうを見た。

 

うんざりするのよ。そういう話は。

 

はじめに口を開いた赤毛の少女は、あたしが一寸たりとも嬉しそうにしないのを見て少し怪訝な表情をしたが、隣の赤毛に「照れているのよ」とつつかれて元の笑顔に戻った。

取り巻きの赤毛たちは、今日も他人の噂話に精一杯の花を咲かせて微笑み合っている。

 

だけれどあたしは、残念ながらそんな彼女たちをこれ以上喜ばせることはできない。

彼女たちが期待するようなことは、未来永劫、起こりっこないのだから。

 

だってそうでしょう?

 

世間では、彼とあたしをまとめて夫婦なんて呼んでいるけれど、世の中で同じ背格好の男女がいたとして、それがそのまま惹かれ合うとは限らないじゃない。

あたし、そんな単純じゃないわ。

 

彼とあたしがヒーローと呼ばれているのは知っているけれど、それなら村の隅で日がな魔術書を読んでいる、あの爺やはどうなるの?

彼とあたしが夫婦になって、あの爺やだけ無関係なんて、そんな都合のいい話はないわ。

 

そもそもあたしにも選ぶ権利はあるもの。

彼はあたしに好意を持っているようだけれど、あたし汗臭い人は嫌いだし、顔の濃い人もタイプじゃないわ。

 

彼って脳みそまで筋肉でできていて、全然スマートじゃないし、あたしが好きなのはもっと理知的な人だもの。

戦の時に、何もないところの壁をひたすら殴り続けているような人、あたし嫌だわ。

 

だけど取り巻きの赤毛をがっかりさせたくなくて、あたしは肯定も否定もできない。

嬉しそうにはしゃぐ彼女たちを横目に、ただ口をつぐむことしかできない。

 

なんだか自分が情けなくなって目を落とした時、視界の隅に影が映る。

あたしにしか見えない角度で、アーチャータワーの暗がりに二つの目が光っていた。

 

「ネクロマンサー……」

あたしが気づいたことが分かると彼女は、にやりと頬を緩ませる。

 

「私は何でも知っている」

そう言っているような気がした。いや、実際彼女は何でも知っているのだ。

こうなった経緯も、周囲の期待と好奇心も、あたしの心も。

 

不敵な笑みを残して、彼女は暗闇に消えた。

あたしは為すすべもなく、溜息とともに俯いた。

赤毛たちはまだ、愛らしく微笑み合っている。

 

* * *

 

20170227204509

ある戦の日。

いつものようにあたしたちの村は優勢だった。

 

ゴーレムとウォールブレイカーが切り開いた道を、あたしたち本隊は雷のように突き抜けていく。

ボーラーの投げた岩が施設の屋根を砕き、どこかで爆ぜた地雷が、誰かの体をめちゃくちゃに吹き飛ばす。

 

あたしが塔の上の魔法使いを撃ち落としたとき、視界の端に彼が見えた。

彼は無数の攻撃を体で受け止めながら、敵の大本営に殴りかかっていた。

剣を振りかざす彼の姿が、なぜかいつもより小さく見える。

 

その上空にじわりと迫る影を見て、あたしは弓を撃つ手を止めた。

敵の援軍の飛竜が、鋭い目で彼をつけ狙っている。牙の光る口から赤い炎が漏れた。

 

彼を助ける? あたしは少しの間、固まっていた。

いま目の前の施設を撃つことを止めて、あの飛竜を落とせば、彼を助けられるかもしれない。

でも……。

 

「あなたのことは、それほど」

 

数日前の自分の言葉がふいに湧き上がり、あたしは彼から目線を外した。

目の前のタンクに向かい、腕に思い切り力を込める。

ここで彼を救えば、あたしの負けよ。

 

瞬間、背後で閃光が走り、太い叫びが戦火の村に響き渡る。

遅れて背中に感じた熱で、彼が倒れたことを無意識に知覚した。

 

これまで彼に向けられていた攻撃は、次にあたしに襲い掛かる。

優勢だった戦況は、あっという間に劣勢に転がり落ちたようだ。

少しだけ動揺したあたしは、ロイヤルクロークを使うことさえ忘れて弓を撃ち続ける。

 

身体に痛みが走り、次第に眠いような感覚に包まれる。

記憶を失う一瞬前、目の前をネクロマンサーが横切った。

彼女はあたしを一瞥して、意地悪く哂った。

 

それからのことは、もう覚えていないわ。

 

* * *

 

lgf01a201312090000

「ドウイウツモリダ!」

 

目が覚めた時には、あたしは喧騒の中にいた。

あたしの祭壇を取り囲んで、手下の赤毛と黄色頭の小僧たちが掴み合いになっている。

 

「騒々しい、何事だ」

眠い頭を叩き起こして、威厳を取り繕ってあたしは言う。

 

「それが、クイーン……」

弁明しようとした赤毛を押しのけ、一人の小僧があたしに怒声をぶつけてくる。

 

「ゼンブ、オマエノセイ! キング、ゲンキナイ!

 マイニチ カワベデ ハナヲチギル。 スキ、スキジャナイ トカイッテ タメイキツク!

 ダカラ イクサ マケル! オマエノセイ!」

 

その小僧の声に乗せて、周りの小僧たちも「そうだそうだ」と口々に言う。

赤毛たちはあたしに無礼な口を利いた彼らを許せず、掴みかかろうとする。

 

キングは落ち込んでいたのね。

川辺で一人しゃがんだまま、女々しく花弁を千切る大男を思い描くと、あたしは少しだけ心が痛んだ。

 

入り乱れる赤毛と小僧の群れの中、あたしは何もできずに立ち尽くした。

取っ組み合っていた両者が、互いの武器に手を駆けようとした瞬間、村の中央から爆音とともに黒煙が上がる。

 

「スケルトンが暴れている! お前ら何とかしろ!」

塔の上で見張りのウィザードが声を上げると、赤毛と小僧は散り散りになって消えていった。

 

あたしは一人、溜息をついて祭壇に腰かける。

戦でも、自分の村でも何もできない自分に、あたしの心は少しだけ陰った。

 

「ありがとう」

あたしは下を向いたまま、兵舎の裏から覗く黒い影に呼びかけた。

暗がりで光る二つの瞳が、ぬらりと滑り出てきてあたしの横に腰かける。

 

「あなたでしょ、骸骨を使って騒ぎを起こしてくれたのは」

問いかけると、ネクロマンサーが口元だけで哂った。

 

「あなたは全部知っているのね。あたしの心の中まで」

「私は全部知っているわ。あなたの心の中まで」

彼女は青い瞳を一層鋭く光らせた。あたしは観念して、自嘲気味に笑った。

 

「ねえ、どうして人は、あたしと彼をくっつけたがるのかしら」

「それは、誰もがあなたたち二人に自分を重ねるからよ。どう見てもお似合いな、決して離れることのない運命の相手を、人は追い求めるから。あなたとキングは、その象徴のようなもの。あなたたちを夫婦にすることで、甘美な恋愛模様の中に自分もいると錯覚したいのよ」

 

「でもあたし、彼と一緒になんてなれないわ」

「それはなぜ?」

 

あまりに直線的な問いかけに、少し戸惑いつつ、あたしは言葉を選んだ。

「彼はこの村のキングだもの。キングとクイーンが一緒になってはいけないわ」

「彼が嫌いなの?」

 

意地悪く哂うネクロマンサーには、すべて見透かされている。

「嫌いじゃないわ」

あたしは首を垂れてそう告げた。

 

「こんなに長い間一緒にいるんだもの。嫌いなわけ、ないじゃない。

 あんなに周りがもて囃すんだもの。意識しないわけ、ないじゃない。

 でも、どんなに向こうがその気になっても、あたしはクイーンだもの。一緒になって、戦と私情を全く分けて考えられるわけ、ないじゃない。

 一緒になったら、戦のときも、村のことなんて放り出して彼のことを気にしてしまう。

 だからあたし……」

 

拳を強く握り、立ち上がる。

少しの眩暈を感じながらも、足を踏ん張って一歩、踏み出した。

 

「あなたのことは、それほど」

 

村の中央から延びた一筋の黒煙は、青空を二つに割って、どこまでも、どこまでも続いていた。